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一瞬の発見や感動を表現し作品に――ゼロからオリジナルを生み出す喜びを広げ、”手しごとの価値”を高めたい

デザイナー・クラフト作家として作品づくり に取り組むと同時に、手芸作家のためのミニコミ誌「ハオ」の発行、子ども向けの教室の開催と、手しごとの魅力を伝え価値を高める活動に取り組んでいらっしゃる松村忍さん。手しごとに本格的に関わるようになったきっかけや、多彩な活動を貫く思いをお聞かせいただきました。

自分たちの作品を発表する場を自分たちで作る!出版社勤務時代の経験を活かし、手しごとに関わる「ライフワーク」を見つける

松村さんが手しごとに本格的に関わられるようになったきっかけについて教えてください。

幼い頃から編み物や手芸が大好きでしたが、それを仕事にする人生なんて想像もせず、大学卒業後、普通に就職活動をして教育出版社に就職しました。子ども向け通信教育教材のプロモーション活動や雑誌のTVCMづくりなどにも携わり、朝から晩まで仕事に追われる日々でした。入社して1年後、それまで新入社員の教育担当をしてくださっていた女性の先輩が「一生続けられる仕事がしたい」と退職されたんです。この出来事をきっかけに、「私が一生続けていける仕事って何だろう?」と考えるようになりました。

ちょうどその頃、雑誌『毛糸だま』でニットデザイナーきゆなはれる先生が主宰されている造形教室「夢民舎」の生徒募集告知を見つけ通い始めました。そこは、編み物のテクニックを学ぶのではなく、絵を描いたり、イメージから編み物をおこしたり、五感を磨くためのユニークな教室でした。それまでは教則本を見ながら自分のセーターなどを編むのを楽しんでいた私でしたが、この教室に通うことで手しごとに対する考え方や姿勢が大きく変わったと思います。きゆな先生や教室の仲間たちとの出会いを通して次第に、何らかの形で「手づくり」を仕事にしたいと考えるようになったのです。

やがて、結婚をしてライフステージが変わったこともあり、6年勤めた会社を退職。まだ、この段階で手芸作家としてやっていけるとは考えられず、まず、仕事で得たご縁を頼りに、デザイン事務所に転職。DTPデザイナーとして働き始めました。今から20年前のことです。SNSが浸透している現在とは異なり当時は作品を発表する手段が限られていました。夢民舎には私よりずっと高い技術を持って作品づくりに取り組む先輩方もたくさんいらしたのですが、そうした方の多くが手芸書籍に自分の作品が掲載されることを目標のひとつにされていました。

自分の作品を本に載せたいのなら、自分たちで本を作ればいいのではないか—夢民舎で私が通っていたクラスは私も含め媒体制作に関わっているメンバーが多かったことから、そう考えるようになり、きゆな先生も「作り手発信の本があるのは面白いね」と、後押しして下さいました。そして、現在もライフワークとしている手芸作家のためのミニコミ誌「ハオ」を1999年に自費出版したのです。誌面のデザインは、デザイン事務所で学んだスキルを活かし、今も私が行っています。冊子に掲載する作品は、はじめは教室の生徒のもののみでしたが、その後、参加作家を一般募集するようになりました。現在は、冊子の発行に加え、都内のギャラリーでグループ展も開催しています。

自分の内に沸き上がる「思い」「感動」「発見」を、手しごとを通じて作品に・・・・・・

松村さんご自身もデザイナー・クラフト作家として活動されています。その道のりや作家としてこだわっていらっしゃることを教えてください。

▼写真右/橘一記

デザイン事務所に勤めながら、夢民舎の仲間とグループ展に参加したり、「ハオ」の発行をしたりするうちに、自分でも作品を作るようになりました。2002年に3年勤めたデザイン事務所から独立。フリーのデザイナー、クラフト作家として活動するようになりました。2005年に初個展「Colorful Baby Gift」を開催。当時、乳児だった息子の育児に奮闘する中で、日々触れる、離乳食用の食器や爪切りといった育児グッズの形が「面白いな」「可愛いな」と心が動く瞬間があったんです。そんな心の動き、感動は、時が過ぎると消えてしまう。それを作品として表現することで残すことができれば・・・・・・と思い、図案を描き乳児用のスタイなどに仕上げました。この個展をきっかけに手芸書籍のお仕事をいただけるようになっていきました。

2012年の個展でも、3歳になった息子の子育ての中で心に残るシーンをテーマにしました。当時息子が大好きだった鉄道模型のレールの造形に心魅かれ、それをモチーフにしたセーターなどを出品しました。子育てが一段落した現在は、一人の女性としての日々の感動を手袋のようなニット小物に閉じ込めることで、「今の私」を表現できればと作品作りに励んでいます。

「自分の内に沸き上がる感動や思いを、音楽家は音符で、作家は文章で、そして、ニット作家は毛糸で表現する」――夢民舎のきゆな先生の教えは、今も私がもっとも大切にしていることです。夢民舎と出会う前の私にとっての手芸は、基本的に本に書いてあるお手本どおりに作ることでした。夢民舎での出会いにより、「ゼロからオリジナルを作る」ことの醍醐味を知ることができたと心から感謝しています。

▼写真/橘一記

未来を担う子どもたちに手しごとの楽しさを伝えたい。作って楽しいもの、ワクワクするものを自由な発想を活かして・・・・・

2011年から「子ども手芸教室」をご自宅で開催されていると聞きました。そのきっかけやご指導される上で心がけていらっしゃることを教えてください。

今から10年ほど前、当時お世話になっていた大手手芸出版社が倒産したことを機に、手芸人口が減少することへの危機感を抱き、未来を担う子どもたちに手芸の楽しさを伝えたいと考えるようになりました。正直、自宅に人を呼んで教室をやるなんて、私には絶対無理(笑)と思っていたのですが、近隣の市が開催する夏休みの子ども向けクラフトイベントに講師として参加したところ、生徒さんの保護者の方に頼まれ、娘さんに自宅で編み物を教えることになったのです。その後、息子の同級生つながりで生徒さんが増えていき、現在15人の子どもたちに編み物を教えています。

「子ども手芸教室」では、上限3人を1クラスにし互いに楽しみながら作品作りができるような雰囲気づくりを心掛け、編み物以外の手芸を体験できるワークショップも開催しています。レッスンの中でもっとも大切にしていることは、子どもが楽しく取り組めること、「できた」という達成感を得られるようにすること。手作りのヘアゴムやブックカバーやペンケースなど、出来上がった作品を学校に持っていった時に「わあ、可愛い!」「自分で作ったの?」と友だちにほめられたりして、ちょっと自分に自信がつく。そんなアイテムを、基本的なテクニックは押さえつつも楽しんで作れるように工夫しています。教室で習った作品を自分なりにアレンジして夏休みの課題作品展に出品した、というようなお話を聞くと、とても嬉しいですね。

手しごとの「価値」を高める鍵は「オリジナリティ」。自分の思いを表現する作品作りの真の醍醐味をより多くの人に・・・・・・

最後に、手しごとを深めたい、仕事にできたら・・・・・・と思っていらっしゃる方にメッセージをお願いします。

派手な活動をしているわけでもなく一歩一歩自分ができることを自分なりに考えささやかな歩みを積み重ねてきた私ですが、その歩みの根底には、大好きな手芸を多くの方に楽しんでいただきたい、そして、手しごとの価値を高めたいという思いがあります。

私が作家を目指し始めた頃とは異なり、現在、SNSで気軽に作品を発信でき販売することもできるようになったことは手芸の裾野を広げるという意味では、とてもいいことだと思います。が、そこそこの品質のものが安価で手に入る流れが進んでいく中で、手しごとを仕事にしたい、もう一歩深めたいと考えるなら、自分の作品の「価値」を高めていくことが重要だとも思います。そして、その鍵は、ゼロから作品を生み出す「オリジナリティ」だと思うのです。自分の内に沸き上がった「自分だけの思いや感動」を手しごとを通じてカタチにするためにはどうしたらいいか、例えば、ミニコミ誌「ハオ」では、作品制作前にミーティングを開いてお互いにアドバイスしたりデザインをブラッシュアップしたり、参加作家どうしが共に考え、学べるようにしています。現在も、10月発行予定の次号に参加する作家さんを募集していますので、今年もその輪を広げていければと願っています。

自分だけのオリジナル作品を作る楽しさをぜひ多くの方に味わっていただき、手しごとの価値がより高まる世の中にしていきたいですね。

松村さんのお話をお聞きして、手しごとが「表現」の手段だということを改めて実感しました。本日は、ありがとうございました。

※2020年04月時点の内容になります。

松村 忍さんの作品一覧はコチラです。
プロフィール
松村 忍さん
東京都在住。デザイナー・クラフト作家。ニットデザイナーきゆなはれるの夢民舎にて、ものづくりを学ぶ。出版社勤務、DTPデザイナーを経て、手芸作家のためのミニコミ誌「ハオ」を1999年に創刊。書籍での作品発表、手芸メーカーへの作品デザイン提供に加え、日々の生活の中で感じる「思い」「感動」をカタチにした作品づくりを行い、個展なども 開催。2011 年からは自宅で子ども向けの教室も開催。「手作りの価値の向上・オリジナルのもの作りの応援」をテーマに、さまざまな活動を展開している。(プロフィールは記事掲載時のもの)

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松村 忍さんのお教室
「子ども手芸教室」/小2~小6対象の編み物教室。1クラス3人の少人数で、編みぐるみ、ヘアゴム、ペットボトルケース、ペンケースなどの小物を作りながら、かぎ針編みの基本テクニックを学ぶ。卒業後もOGレッスンを受けることもできる。ソーイング、羊毛フェルトなど、編み物以外の体験ができる「お楽しみワークショップ」も隔月で開催中
詳細URL
松村忍さんお教室ブログ
画像・テキスト資料出典
画像は全て松村忍

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