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哲学の学びから帽子づくりへ。アンティークの道具から生み出すこだわりの帽子たち

アンティークの木型とミシンを使って生み出される「世界でたった一つの帽子」。東京都府中市にある「カンガエル帽子店」の店主である小林文さんは、手法や素材にもこだわり、一人ひとりの魅力を最大限に引きだす帽子づくりをしています。小林さんが帽子に魅かれた理由とは?帽子づくりで大切にしていることとは?抱く夢とは?お話をお伺いしました。

西洋哲学にも登場する「帽子」。震災をきっかけにみつけた「ずっとやり続けられること」

オリジナルの帽子づくりに取り組まれるようになったきっかけを教えてください。

曾祖母が和裁を教えていたこともあり祖母、母と代々、手しごとが暮らしの大切な一部だった環境で育ちました。幼い頃の一番のお気に入りのお洋服は、母の手づくり。他の人のものとは違う、世界でたった一着の洋服というのが、とても誇らしかったのです。私自身も、祖母の家で従妹たちと一緒にレース編みを教えてもらったり、手しごとをしている時間がとっても好きでした。でも、将来を模索するようになった際、「手しごとを生業にする」という発想はまったくなく、普通に学校で学び就職するつもりでした。

大学で学んだのは哲学。卒業した時期が就職氷河期であったこともあり、大学院に進学しました。無限に広がる哲学の世界でしばし、ふらふらと放浪することに(笑)。今、思い返してみると、「帽子」への興味が芽吹いたのは、この頃かもしれません。実は、西洋哲学の中で、「帽子」は、「自我」のメタファー(比喩)であったり、身分や職業を示す象徴であったりと、けっこう登場するんです。身体論や服飾学にも関心があった当時に読んでいた書籍を見返すと、帽子が登場する部分にやたらにマーカーを引いてあったりして(笑)、実際に帽子づくりの学校に見学に行ったりもしていました。帽子は、洋服や靴のように身につけないと外に出ることができないといった必需品ではありません。意味/無意味、役に立つ/立たないといった二元論を曖昧にする装飾品で、そうしたところにも魅かれたのかもしれません。

そして、もうひとつ、この頃に今の活動につながる出会いがありました。フランスに留学していた際、古い帽子の木型、アンティークの布、リボンといったものが溢れている蚤の市通いに夢中になってしまったんです。もともと、何世代も受け継がれてきた骨董品、アンティークがとても好き。帽子についても、古い映画に出てくる登場人物がかぶっているものにずっと魅かれてきました。

とはいえ、帽子づくりを本格的に取り組むようになったのは、かなり時間がたってからです。きっかけは、東日本大震災。結婚して子どもも生まれ、デスクワークの仕事をするという日々に不満があったわけではないのですが、震災でそれまでの価値観のようなものが大きく揺らぐ中で、「思い切って好きなことをやってみよう」と思い立ち、帽子づくりの学校に通うことにしました。そこで伝統的な帽子づくりに取り組む中で感じたのは「私、これだったら、いくらでもやっていられる」ということ(笑)。少なくとも、それまでやっていた仕事はそんな風に感じたことはなかったんです。自分は、本当に、手しごとが、モノづくりが、帽子づくりが好きなんだということに改めて気づきました。


「カンガエル帽子店」という屋号の由来、店舗を開かれた経緯について教えてください。

学んだことを活かし、自宅の一角で自分や家族の帽子を手作りしていたのですが、ママ友やお知り合いの中で「手作りなの?」「帽子って作れるの!?」とちょっとした話題になるようになり、少しずつオーダーを受けるようになりました。屋号をつけて本格的に取り組むようになったのは、約5年前。「カンガエル帽子店」という名前は、パスカルのパンセに書かれている「人間は、自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない。しかしそれは“考える葦”である」という有名な文言から付けました。大仰な意味があるわけではないのですが(笑)、「葦=あし」と「帽子=ぼうし」は、日本語でも、実はフランス語でも韻を踏んでいて、中味が空虚なところも似ているし、いいかな、と思ったんです。

 そのうち、イベントに出展したり、百貨店さんからもお声をかけていただきポップアップのコーナーを設けていただくといった機会もできました。自宅の作業スペースが集めた素材などであふれかえってしまって(笑)、昨年、東京都の起業家支援の助成金を活用して東京都の郊外にある自宅の近くに作業場兼店舗を設けることにしました。オーダーメイドの帽子を望まれるお客様にご来店いただき、販売もしています。

古い木型、古いミシン、選び抜いた素材で、お客様ひとりひとりに本当に似合うものを

帽子づくりでこだわっていらっしゃることはどんなことですか?

古い木型を使い、ミシンも100年以上前の古いものを使用して作っています。古いミシンを愛用しているのは、実は骨董好き以外にも理由があるんです。若い頃からバイクが好きで乗っていたのですが、子どもが生まれて離れることに。古いミシンは最先端のものと違って、モーター音や振動が感じられます。そこがバイクと似ていて、とても心地いいのです。作っている時間そのものが私にとっては至福の時(笑)ですね。

もちろん、素材にもこだわっています。布やリボン、帽体などはインターネットとカタコトの英語(笑)を駆使してヨーロッパなどから個人輸入で取り寄せ、自分が本当に納得できるものを厳選しています。コサージュも手づくりしますし、布を染める段階から手づくりしています。また、麦わらも、天然素材のものを使っています。麦わら帽子は、少し廃れてしまった時代もあったのですが、また復権してきて、天然素材のものにも注目が集まっています。

オーダーメイドの帽子づくりでこだわっているのは、かぶっていただく方とのコミュケーションですね。帽子というものは、とてもパーソナルなものなのです。頭の大きさ、形はもちろんのこと、お顔だち、表情、体形、さらには、その人がまとわれているオーラ、雰囲気といったものによって、お似合いになるものはまったく違ってくるのです。だから、ご来店いただく方とはじっくりと対話をしながら仮縫いをして、細部のデザインにいたるまで、「ピタっ」と来るまで調整をします。それができるのが、手づくり帽子の良さですね。「ピタっ」と来た瞬間は、もう最高です。「これよ!」とお客様の目がキラキラ輝きだすのを拝見すると、私も本当に嬉しくて手をとりあって喜びあってしまいます。

お客様は、マダム層が中心ですが、老若男女いらっしゃいます。頭の大きさや形で市販のものではうまくあわない、という人も、もちろんいらっしゃいます。抗がん剤治療をされている方用に機能性とおしゃれを兼ね備えた帽子を、という方もいらっしゃいました。また、当店の帽子を購入いただいてとても気に入っていた小学生のお客様が、帽子をなくされてしまって、「他にはどこにもない世界にたったひとつの帽子だから」と再来店してくれたことがあります。「じゃあ、自分でちょっと作ってみる?」と手ほどきさせていただいたのですが、とても楽しんでくださって・・・・・・。ひとりひとりのお客様とのストーリーが私の宝物ですね。



他の領域とのコラボなど挑戦をしつつ「生活の中にある帽子やさん」であり続けたい

今後、やってみたいことはありますか?

これからやりたいことはいっぱいあります!まず、帽子づくりの技術については、やればやるほど、まだまだ未熟だと実感する日々です。帽子づくりの学校に通って改めて驚いたのですが、その世界は、本当に奥が深いのです。日々の仕事を通じて技術を磨くと同時に、また改めて学ぶ機会も作ることができればとも思っています。実は、夫がミュージシャンなので、ステージで使うユニークなデザインの帽子などももっと手掛けてみたいです。

帽子づくりは、木型が必要なので、編み物や刺しゅうのように気軽にできるものではないのですが、究極的に頭に何を載せても自由だと考えています。作ることは本当に楽しいので、例えば、ワークショップといった活動を通じて、何らかの形で、その楽しさを広めていければとも考えています。帽子づくりの手法に新たな技術を取り入れられないかと3Dプリンターの活用も模索中。伝統的な帽子づくりと最先端を融合できれば、面白いことができそうに思うのです。

また、イベントに出展するといった活動を通じて、他の領域の手しごとをされていらっしゃる方とのつながりもできました。こうしたネットワークを活かして、例えば、お洋服と帽子のコーディネートとか、コラボにも挑戦していきたいです。

このようにやりたいことはたくさんあるのですが、同時に、「身近な生活の中にある帽子やさん」という基本的なスタンスは変えずにいきたいです。例えば、店舗も自宅の近所の住宅街にあって前が公園で、子どもたちがトイレを借りにやってくることも(笑)。こんな風に地域に根付いたお店として、ひとりひとりのお客様と対話しながら、地道に私らしくやっていきたいと思っています。

※2021年2月時点の内容になります。

プロフィール
小林 文さん
一橋大学言語社会研究科修士課程修了。 あらい静枝帽子教室にてフランスの伝統的な制帽と装花づくりを学ぶ。趣味はママさんバレーと一輪車。松沼文鳥名義で、ときどき作詞したりなど。
(プロフィールは記事掲載時のもの)
カンガエル帽子店 インスタグラム
kangaeruboshi
詳細URL
カンガエル帽子店HP
画像・テキスト資料出典
画像は全てカンガエル帽子店

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